Lost job in 10 years – おもいやり編集 10年後に無くなった仕事


Lost job in 10 years – おもいやり編集 10年後に無くなった仕事

22歳のとき、新卒という事で、大阪から東京のテレビコマーシャル用のアニメや特殊効果などを作る会社に就職しました。30人くらいの会社でしたが、ちゃんと新人研修というのをしてもらいました。

でも社内ではなく、社外での丁稚奉公的な感じでしたね。

丁稚のテーマは、

恐らく、「これから先10年で無くなる職業を見て来い」でした。
就職第一日目は、フィルム現像所のイマジカさんの、フィルム編集室 中溝編集室でした。
映画は大体35mmネガフィルムで撮影されていました。
ネガはオレンジっぽい透明のフィルムで、明るいいところが暗く、暗いところが明るく、(当たり前だけど)ネガポジ反転で映っています。
現像所でネガを反転すると、ポジフィルムができあがり、人間の目で見て普通にカラーフィルムになります。

音は録音された磁気テープから、35mmフィルムのフォーマットに焼き付けることで、映像フィルムと音声フィルムがシンクロできます。
※このシンクロ関係の技術は色々な手法があったと思うので若干割愛します。

中溝さんは、そのポジと録音データでもって、映画やテレビ番組の編集をされます。

そして、もう一つ大事な仕事は、その仮編集データを元に、オリジナルのネガフィルムを切って、マスターのネガフィルムを作ることでした。

そのマスターネガから実際に映画館で上映される上映用ポジが作り出されます。
中溝さんは当時、マスターネガを切ることのできる唯一の人でした。

僕がその編集室で過ごした1週間は、ゴミ箱の中のネガやポジを切っては繋げ、切っては繋げを延々くり返すことでした。
そして3時になると、編集室のおばさんが入れた熱い緑茶をいただきながら、昔の映画の仕事の話を聞かせてもらいました。

まあ、技術的には簡単とは言えませんが、切って繋げるだけなんです。

中溝さんは、映画の撮影現場には行かれません。

彼が知るすべての情報は、その小さい35mmの中に凝縮しています。
彼の仕事は、その35mmに映っている画の裏側の汗や涙を最大限にレスペクトして丁寧にフィルムを切ることでした。
突貫工事で作られた舞台や、晴れやかな衣装たちや、迫真の演技の裏側にある、フィルムには映っていないスタッフの大変さをしっかりと大事にして、そこにある情熱とか一生懸命さを汲み取りながらネガを切るんです。

もしかしたら、ギクシャクしている現場の政治事情も雰囲気もすべて解決できる編集マンだったのかもしれません。

技術だけではなく、その技術を使う精神性までを習得するようにとの丁稚奉公をさせていただいた先輩諸氏に感謝します。

丁稚から青山の本社に戻り、初めての編集室での仕事。
それは、ノンリニア編集という、デジタル編集でした。
映像も音声もすべてがコンピュータのハードディスクに入っていて、ワンクリックでフィルムを切り落とせました。そしてUndoで元に戻りました。
まだまだ黎明期でハードもソフトもギリギリな環境でしたが、それでも中溝編集室で見たものに比べると便利な世の中になりました。

それから10年間。
無くなったものは、彼のような温かみをもってフィルムを切ることのできる心なんだと、丁稚の頃を思い出していました。

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