AI時代にモノづくりは生き残るのか – Takumi – A 60,000-hour story on the survival of human craft


トヨタ レクサスのプロモーションのために作られた(にしては)見ごたえたっぷりなドキュメンタリーフィルム “Takumi – A 60,000-hour story on the survival of human craft” 「AI時代にモノづくりは生き残るのか」の話。
フィルムは、TAKUMI「匠」の文字の中に、AIの文字を見つけ出すシンプルなタイトルワークで始まります。

表題の6万時間は、一般の人間が「職人」その中でも「匠」というレベルの技術を得るまでの時間を指しています。AI – 人工知能は、人間が一生をかけて習得する技術を一瞬で学習するとナレーターは話し出します。
サイトで語られるストーリーはインタラクティブになっており4つのチャプターで「匠」の人々を紹介し、これからのモノづくりを問題定義していきます。

Chapter 1
大阪で1 400年前に建造された四天王寺を建造した金剛組で働く宮大工の男性
Chapter 2
京都の北の森の中にあるミシュラン2つ星の美山荘の料理人
Chapter 3
自分の漉いた和紙で立体的な切り絵を作りだすアーティスト
そして最後に、
Chapter 4
レクサスの生産ラインの最後の部署、最終検査部門で働く男性と、レクサスが目指す、最先端のプロダクトデザインと人間が持つクラフトデザインの調和で締めくくられます。

フィルムの中でコメントを残した3名の現在の思想家の言葉をノートしてみました。

スミソニアン博物館のクラフト部門のキュレーター ノラ・アトキンソン氏(@renwickcurators)
工芸は人類の誕生と共に存在するようになりました。人間の手による工芸は消えてしまうのでしょうか? それとも工芸が人間の文化の中に生き残り、より価値を生み出すのだろうか?
工芸の起源は、文明の起源と言えます。工芸は人類の誕生と同時に存在するようになりました。私たち人間は、主に実用性のある物を作ってきました。
産業革命まで、全ての物は手で作られていましたので、すべてのモノは「工芸品」であるとみなされていました。
そこから19世紀後半、そして今の時代に至る流れの中で、完全に違う世界に変わりました。
「工芸」はコンピュータがもたらす「効率性」とは真逆に存在します。
工芸アーティストは。コンピュータと競い合うことはありません。
そのような状況において「なぜ手で物を作るのか? 機械ではなく手で作ることによる付加価値が何なのか?」という疑問が沸いてきます。
「工芸」の本質は、技能を修得するために数千時間を費やし、完璧なモノを作り上げることにあります。しかし私たちが住んでいるこの時代は注意力が欠けており、誰もが、時間がないと思っています。熟練の職人になるために数千時間を費やすことは、今日ではほんの一握りのアーティストのみしか行っていないことなのです。
近道ができないという考え方、何かに大きく投資し、技能を身に付けるためにわざわざ時間をかけることは、この現代社会では他の人とは異なる生き方なのです。

今の時代、機械を使えば簡単にまったく同じ工芸品を再現することができます。手でモノを作るということは、新しいことに挑戦したり、間違えたりするメカニズムなのです。
プロセスを大切にする現代社会において、「工芸」とは、イノベーションへの入り口を生み出し、新たな道を導いてくれるのです。

未来学者で『テクノロジーが雇用の75%を奪う』の著書で有名なマーティン・フォード氏 (@MFordFuture)
人類史において意外にも進歩はそんなにしていません。進歩をグラフ化するならば、基本的に平らな線にしかならないでしょう。(中略) 私たちの生活は、産業革命を機に大きく変わりました。そこで、平らな線は上向きに変わりました。私たちはこの急激な変化の中で生きているのです。
次の10年は、今までの1000年分相当の進歩をするだろうと言う人もいます。

技術が人間に取って替わるという懸念は、ずいぶん前からありましたが、いつも「誤報」で終わってきました。しかし、私を含め多くの人たちは、いよいよその懸念が現実になるときが来たと考えています。楽天家は従来の仕事がなくなる一方で、今の時代では想像できないような新しい仕事がたくさん創られると言っています。たとえば1900年に遡ると、石炭を採取する仕事はらくさんありました。そして現在、ウォルマートでバーコードを読み取る仕事があります。それは確かに、1900年当時、誰も想像できなかった新しい仕事ではあります。
しかしここで注目すべきは、石炭を採取する仕事も、バーコードを読み取る仕事も、単調で予想のできる仕事なのです。同じことを何度も何度も繰り返す仕事は、やがて機械に取って替わられるでしょう。(中略) 技術が破壊的イノベーションを遂げることは既に証明されています。恐らくこれから数十年はそのようなイノベーションをもっと目にすることになるでしょう。

今までの考えの下では、常に境界線があり、一方には自動化の影響を受けてしまう仕事があります。それは、繰り返し同じことを行う単調な仕事です。それらの仕事の多くはすでに消えてしまいました。
そして境界線のもう一方には、より高度な仕事があります。
その仕事に就くためには、より高い教養や多くの訓練が必要です。しかし、技術の進歩と共にその境界線は動的であるということを歴史は示しており、今後も動いていくのです。
そのような世界に職人は必要ないというわけではありません。ただ、職人になるのであれば、特別な存在にならないといけないのです。高く評価されるよなモノを作らないといけません。機械で作れるモノを超えなければならないのです。

Formlabs(@formlabs)の A.I. テクノロジスト ジョン・ブルナー氏(@JonBruner)
私たちは高度な産業社会に暮らしています。長いサプライチェーンと入り組んだ設計工程を経た、たくさんの複雑なものに囲まれており、私たちはその仕組みのほとんどを理解していません。しかし、職人は、物事の全てを把握しています。工芸は職人とモノの距離感を表しています。それが一般的な生産者との違いでしょう。多くの技術者やデザイナーは、製造工程を「制約」と捉えるでしょう。(中略) 職人は、その工程を自らの手で作り上げてしますので、制約はインスピレーションとなります。

私たちは今、過渡期にいます。
これまでのコンピュータは、世界を画一的に見ていましたが、これからのコンピュータは、ニュアンスを捉え、それに応じる能力を持つように進化しつつあります。
抽象的な話ですが、最先端技術やAI技術は、神経回路のようなネットワーク網を形成しており、それは人間の脳をモデルにしています。一つ一つの神経細胞が細かな判断を下し、上位の神経細胞へ伝達することで、より複雑は判断を下すことができるようになります。
たとえば、写真を見て、それが何の写真であるか把握したり、文章を読んで、その著者が誰であるかを判断できます。
また、ぼやけた画像を見て、より鮮明な画像になるまで焦点を合わせることも可能です。(中略)これまでのコンピュータは、このような領域に対する深い理解ができませんでしたが、今では人類と同じような判断を下すことができるのです。
自動化の進歩に目を向けると、全てが自動化される日はそんなに遠くないでしょう。

まとめ
このフィルムで語られるモノ創りの大きな変化を、僕はもっと若いとき、35年前の大阪の工芸高校で体験しました。
僕は、金属の工芸を学ぶコースを専攻していて、学校で初めて作ったものは自分の手のサイズにあった小さい金鎚と、鏨(たがね)と呼ばれる、金属に彫刻を施す道具でした。
始業の朝から夕刻まで、その技術の習得に専念するはずでしたが、僕が入学した年に、コンピュータでの成形技術の授業が導入されたのでした。
今で言うところの、3Dプリンターみたいなものですね。
恐らく職員室では、このフィルムで論議されたような、クラフトの未来についてぶつかり合いがあったのだと想像します。

レクサスが生産されるトヨタの田原工場には、最先端の自動車の生産工程ラインがあることでしょう。その技術にフォーカスを当てるのではなく、そこで働く人間を描き切っているところがとても素晴らしいと思いました。
ただ、タイトルにある、この「6万時間」匠の技術を身につけるために必要な時間が、レクサスの最終検査官の菅沼氏の一日の労働時間 8時間 x 年間労働日数 240日 x 勤務年数 32年 = 614,400時間って、あまりにも夢がなさ過ぎるオチにしかなっていやん!

Web Site
https://takumi-craft.com/jp/ja

Trailer

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